ヴェルサイユ宮殿の歴史を学ぶ

金曜は大好きなクラス、ヴェルサイユ宮殿の歴史に関するクラスをとっております。

はじめ、なぜ王室がパリから離れたヴェルサイユという土地にお城を建てようと思ったのか、というところから始まり、建物の特殊性や王権制度や絶対王政などの政治の移行とパリ〜ヴェルサイユの位置付け、ヴェルサイユで広げられる政治と恋愛の戦略、、、というたっぷりな内容をたくさんの写真とともに先生のお話を聞いていきます。

 

先週でマリー・アントワネットがさっと逃げた扉はこちらです、その間夫はここにいて、、

などなど、大きな事件の話は終結に。

 

今週はどんな話かな〜と思ったら、その後のヴェルサイユについてのお話。

ベルエポックと呼ばれた第一次世界大戦後のヴェルサイユは、どちらかというと人も寄り付かない、寂しい場所に。ただそのひっそりとした美しさを愛した画家などもいるわけですが。

そして、同盟を組むときのサイン締結に、ヴェルサイユ宮殿の鏡の間が使われたわけです。

次第に、要人。。。アメリカのケネディ大統領とファーストレディ、だったりエリザベス女王だったり、を招いて晩餐会などを開く場としてヴェルサイユ宮殿が使われるようになっていったのだそうです。

 

もちろんそうなる前に、第二次世界大戦があり、ドイツ軍フランス占領の際などはヴェルサイユ宮殿を守るために、全てのものを西仏のお城に隠したり、宮殿そのものを汚く覆ったり一部壊したり、、、という努力をしたそうです。その際の写真をみて、Wow..!とショックを受けました。それぐらいすんごく様変わりしていたのです。

 

いろんなものが壊されたりもしたので、フランス国民からの募金とか、ブラジルからの寄付金とか、アメリカからのたくさんのお金、、、(出ました、ロックフェラー氏!!そのほかにも!!)を得て修復し、今に至るのだそうです。

ただまだ直し中のものも。例えば、Opera Royal!全て木でできた、マリーアントワネットと結婚する際に建設された、王室のオペラ!

例えば資料に「青で描かれた・・」と書いてあっても、なんの青?となり、一つ一つが本当に手探りでヴェルサイユ宮殿は修復されているそうです。

そりゃ〜、時間がかかるね、、、当時の状態をそのまま再現しないと意味がない!と職人気質みたいです。

ここでふと、日本だったらなんなんだろう、、、

確かに、重要な神社仏閣とか、その専門家が当時の方法で修繕したりしているよね。。。あ〜、そうゆうの本当に素敵!

 

ヴェルサイユ宮殿はフランス人の(好きか嫌いか、いったことがあるかないかに関わらず)心とも言える、大事な建物なのだとか。(本当かどうかわからないけど)。。日本だったら一体何になるんだろう・・・富士山?(でもこれは建物じゃないか)金閣寺?平等院鳳凰堂?なんだろうな〜〜〜〜と思っておりました。

 

と、今日はヴェルサイユに関する内容を共有したくてツラツラ連ねました。

さ〜、明日からバカンス♫普段からまったりしているけど、さらに輪をかけてまったり過ごすべ〜〜

 
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